難問を考えるトップページ > 悩んだ時のメッセージ > 自分の内側を見つめるとは


  「自分の内側を見つめてみましょう」といいますと、
  漠然としていて、よく分からない部分もありますので
  もう少し、噛み砕いて書いてみます。

冬を通しての目標ですが、

  「自分の1年間の過ごし方を振り返り、また、
   正しく反省することで、力を蓄えて、次の春に
   向けて新しい希望が持てるようになる」、
  ということにしてあります。

  ところで、”正しく反省する”という言葉ですが、
  一体、何を、どうすることなのか、まずは、
  ”反省する”ということについて、ここで、少し
  考えてみたいと思います。


  一般的に言えば、”反省する”とは、自分の失敗を
  振り返り、考え方を改めるということです。

  でも、自分の失敗や誤りに、目を向けて、ああ、
  しまったと”感じるだけ”では、反省としてもう一歩。
半分反省をしただけで、もう半分足りない、
  ということを書いてみます。

  
  失敗にも、色々とレベルもあって、小さいものから、
  大きいものまで、色々あります。

  ちょっとした気の緩みからおこった失敗もあれば、
  最後の最後まで考え抜いて、粘ったけれども、
  しかし、良い結果がついてこない場合など、様々な
  レベルや質があります。

  どのレベルの失敗であっても、ああ、しまったと
  感じるだけでは、不十分です。この感覚は、
  実感として分かると思います。

  何がどのように不十分なのか、詳しく考えてみます。  


  そもそも、十分に反省するためには、その失敗を
  将来に向けて、何かの形で生かすという気持ちや、
  心構えを持つきっかけにするのが必要ということです。

  過去の失敗は、過去の失敗で終わらせることなく、
  ひと工夫すれば、逆に将来にとって有用な経験に
  変えることだって出来るものです。


  将来に生かせる教訓が見出すことが出来たら、
  やっとその時に初めて、十分に反省したと言える
  のではないか、という意味です。
  

  ところで、失敗した時にどう感じるでしょうか?

  Aさんの場合は、

  #ああ、またやってしまった。とにかく、早く忘れよう。

  Bさんの場合は、

  #大変なことになってしまった!何とかしなければ。

  #それにしても、どうして、いつも私はこうなのだろう。
   そう言えば、この前の時も、ああいうことがあって、
   そして、その原因は、ああだったから、・・・・

  大抵の人の場合、失敗をした時に極端に分類すれば、
  Aさんか、Bさんのどちらかのような反応をする人が
  多いでしょう。

  でも、上に書いた、反省への説明から考えれば、

  Aさんも、Bさんも、失敗をして、反省する段階で、
  何かを見落として、損をしていることになるのです。


  Aさんのように、深く、失敗について考えず、さっと
  次の行動に移ってしまうと、失敗の中にある、大事な
  教訓にすら、気がつかないことになってしまいます。

  そうすると、失敗を自分の成長に生かすことが難しく
  なります。性格的には明るいけれど、味のある成長を
  しにくいタイプの人です。他人に対して、責任感にも、
  やや、欠けるタイプの人ではないでしょうか。

  一方、Bさんの場合は、失敗について、よくよく
  考えているようですが、このままクヨクヨ考え出すと、
  失敗が他のことにまで、影響しだして、他のことの
  足を引っ張ることになってしまいます。

  ある分野については、成長する可能性は高い人ですが、
  性格が暗いので、大きな成長する前に、他のささいな
  ことで駄目になってしまうタイプの人に多いでしょう。

  でも、こうしたタイプの人は、きっかけをつかみ、
  明るい、前向きの発想があれば、飛躍的に進歩する
  タイプでもあります。ただ、停滞しやすいのが問題。


  理想的には、AさんとBさんの良い点を合わせた

  「失敗を、引きずらず、そして、失敗を、忘れず」

  という態度で失敗に臨むことです。


  失敗したら、”ああ、残念だった”というだけで
  終わらせず、正しく原因を分析して、何としても、
  今後の生き方に役に立つ教訓、経験にしようと、
  まず決意して、正しく十分反省することです。

  特に、失敗したら、後に尾を引くBさんタイプの
  人は、多少強引でも、自分に次のように言い聞か
  せると良いのではないでしょうか。

  「起こってしまったことは、どうしようもない。

   でも、これから将来起こることは、今の自分の
   行動や心掛け次第で、対処が出来る部分はあるの
   ですから、今は我慢して次の機会の教訓にしよう」

  失敗そのものについてクヨクヨと考えるのではなく、
  これからの将来のことを考えれば、本当は、今、
  起こってむしろ良かったのだ!と感じられる部分が、
  失敗の中にきっとあるはずだ、と思うべきです。


  万一、失敗の中から、何か、将来役に立ちそうな
  教訓が探しても、すぐに見つかりそうにない場合には、
 
  ”まあ、少なくとも、今の方法を使うと、こういう
  結果がでることだけは分かった”

  それで、一応、満足にして次に進むことです。

  あまり、無理に、考え出すと、エネルギーを消耗
  することにもなりかねません。

  それは、逆にもったいないことです。

  部分的に失敗や駄目なことはあっても、そう滅多に、
  全てが全部、駄目になることは、そうそうあるもの
  ではありません。

  少しでも、うまく行っていることがあれば、今は
  そのうまく行っている方に注目して、作業をしてみます。

  それは、決して失敗から目をそらすということでは
  ありません。失敗から得られる、貴重な教訓とは
  何か?、”ゆっくりと”考えながら、進むだけです。


  本当の意味で反省が出来ていれば、後悔している
  時間は、今までよりも、ずっと少なくて済みます。

  そうして、本格的に正しく反省をすることにより、
  私達は、少しずつ経験を積み、少しずつ、成長が
  出来る仕組みになっていると思います。

  反省をして、希望へつなげるということです。

  失敗した時には、意識して、失敗を失敗のままで
  終わらせないということを、習慣にます。

  さて、

  反省すると言うことは、自分の内側を見つめる
  第一歩となるということでした。

  しかし、自分の内側を見つめると言うことは、
  反省だけ終わりません。奥が深いのです。

もう一歩進んでみます。自分の内側を見つめると
  言うことは何なのか、さらに掘り下げて考えてみます。


  自分の内側を見つめるとは、自分の内側に秘め
  られた、普段は気がつかない、意識をしない、
  自分の心の動きを観察することでもあります。

  心の動きは繊細なもので、それでいて、自分を
  根本から支配している強い力でもあります。

  そうした、自分の心の動きを観察することで、
  自分の心に対して、今までと違う感覚を味わえる
  ことが出来るものです。

  今まで気がつかなかった自分を発見することが
  出来る時もあります。


  では、実際に、自分の心の動きを観察してみます。
  構える必要はなく、気負わず、試して見ます。

  出来るだけ、自分のペースで、リラックスして
  同時に、集中して考えられる場所を探します。

  別に、静かな場所でなくても大丈夫です。
  自分が落ち着く場所であれば構いません。
  身近な場所の方が、緊張しなくて済みますから。

  動いている時でも、外出中でも出来ます。
  電車の中や、近所を散歩しながらでも。そして
  冬であれば、お風呂につかりながらでも。
  とにかく、場所は、人それぞれで構いません。

  (布団の中でも良いのですが、寝てしまわない
  ようにだけ、注意しておきましょう。)

  そうした場所で、自分の気持ちの再確認します。

  座禅を組んだり、瞑想をしたりして、心を
  静める方法もいくつかありますが、必ずしも、
  静かにすれば、心が静まるとは限りません。

  雨の降る音を聞いたり、そして、体を規則正しく
  動かしたりしている間にも、心の中に静けさが
  訪れます。「動の中に静がある」のは本当です。


  例えば、昨年うまく行かなかったことに心を向けます。

  #色々、手抜かりがあったかもしれません。

  #自分の悪い癖が出て、行き過ぎたかもしれません。

  #感情が抑えられずに、状況を悪化させたかもしれ
   ません。取り返しがつかないかもしれません。

  ここでは、あまり強く自分のことを否定し過ぎない
  ように注意します。素直で正直な気持ちが大事です。

  そして、ここからが本番です。


  もう一度、”自分の行動の原点”を確認します。

  「でも、私は、結局こうしたかったのだ。」

  「私の考えの原点は、ここだ。結果はどうであれ
   これは、間違っていなかったはずだ。」

  このように、自分の行動の原点を再確認しましょう。
  否定してはいけません。

  まず、他の誰のことも気にせずに、自分の行動の
  原点を、肯定して、再確認してみましょう。

  たとえ、結果が裏目に出ていたとしても、自分の
  気持ちを肯定します。そこまで戻ってこれたら、
  また初めの頃のように、心の中に、再び力を取り
  戻すことが出来る時がよくあるからです。
結果はどうであれ、動機は良かったのかも
しれないのですから、一つの芳しくない結果だけで
評価をするのは、もったいないことです。

  そして次に進みます。

  この、自分の行動の原点についてですが、

  ”自分は何に、一番価値を置いて行動しているのか”、
  この機会に、自分の価値観を意識して考えてみます。

  実は、自分が大事にしたいと思っている、その、
  ”価値感”こそが、自分の心の中の”財産”です。

  人によって、価値観が違うのはあたりまえです。
  同様に、価値観、つまり、心の財産も、人に
  よって、それぞれ、皆、本来は違うものです。

  ただ、全ての人に共通しているのは、その、
  価値観、心の財産とは、普段は意識していない
  ことが多いということです。価値の判断は、いちいち
意識をしないことが多いものです。


  自分の価値観を意識しない理由の一つは、
自分の価値観は、全ての人に
  共通していると、無意識に思い込んでいるため、
  意識して考えることが少ないからです。
  
  もう一つの理由は、人の眼は、普段は外側に向いて
  外を見るように出来ているからです。

  本能的に、自分を守ろうと、眼は外側について
  いますので、自分の内側に眼を向ける余裕は
  ないものです。

  そして、普段の生活で、自分の内側に眼を向ける
  ことを忘れてしまうと、他人の持っている財産に
  眼が向くばかりで、いつの間にか自分の心の中に
  隠された財産は、忘れてしまうことが多くなります。


  これは、思った以上に、深刻な問題です。
  自分の心の財産を知らなければ、持っている力を
  使えないままにしてしまうことだってあるのです。
  そうなっては、惜しいことです。
    
  自分の価値観は、行動の原点と言って良いもの。

  大抵は、誰でも、原点は、きれいなものです。
  そして、原点は決してなくなったりはしません。

  けれども、放っておくと、”弱く”なるのです。
そして、眼が外に向くと、不要なものが
きれいな原点の外側にまとわりつくのです。
    
  自分の心の奥底にある原点を発見できるのは、
  本当は、自分自身が一番得意なはずです。

  また、自分自身で、自分の心の中の原点を
  発見するからこそ、意味があるのです。
  
  自分にとっての人生の価値観、財産とは?

  普段は意識することがない、いつもの自分より
  純粋な、そして、束縛を離れてより高いレベルに
  ある自分と通じること、それが、眼を内側に向け
  原点に戻るということです。  


  例えば、年初めなど、季節の節目をとらえて、
  自分の行動の原点を考え、自分の心の中の財産を
  見つけてみると自分がよく分かります。

  また、趣味に没頭するのも良いことです。
  自分の心が、好きなことを集中してすることで
  心配事から解き放たれた時に、自分が価値を
  置いているものは何か考えてみます。
  
  もしも、運良く、自分の価値観や、こだわり、
  つまり、自分の心の中に隠れていた財産を見つける
  ことが出来たら、次にその財産を、どのように
  使えば良いのか考えてみます。


  ここで、気をつけなければならないことは、

  せっかく見つけた、心の財産が、人とは違うから
  と言って、無意識に押さえ込んでしまうことです。

  多くの人は、他人の目が必要以上に気になります。

  自分がどのように他人から見えるのか、他人の
  評価を気にし過ぎて、せっかく自分の中にある、
  自分の心の原点からの大切なメッセージでも、
  自分で否定して、押さえ込んでしまうものです。

  自分が楽しいと感じられ、また、大変心地よいと
  感じる感覚は、自分が他の人がいくらお金を払って
  もらっても感じられない、自分には貴重なものです。

  自分には、そのような貴重なものでも、一方で、
  他人の目から見たら、実にたわいもないことに
  なるのかもしれません。

  しかに、他人がどう言おうとも、そのことで、
  自分が幸せを実感することが出来るなら、それは
  自分にとっては、やはり”価値”を持つものです。


  必要以上に他人の目を気にして、自分にとっては
  気持ちが良いと感じられる感覚を、さらに経験を
  積んで研ぎ澄ませる機会を、簡単にあきらめたり、
  逃したりしないことが大切です。


  自分の目が、外側に向いている間は、そのような
  発想は、なかなか出来ないものです。

  人を批判したり、うらやんだり、妬んだりしたら
  心の力は消耗します。

  自分が必要とするものだけを、意識して自覚する
  ために、自分の目を外側ではなく、もっともっと、
  内側に向ける必要があります。


  人それぞれ、好みや、こだわりがあります。

  しかし、全ての人に共通するであろう、心の中の
  財産とは、つきつめれば、幸せというものを感じる
  ことが出来る心そのもの、感受性、感性、または
  幸せを理解する力ともいえるのです。


  #それでも、楽しいと思うことをする時間がない。
   そんなに人生は甘くない。

  そう思うのは、今、きっと自分がしたいことだけ出来る、
  というような、恵まれた状況にはないからでしょう。

  やらなければならない仕事、責任、役割・・・、
  生きていく上では、色々な活動が待っています。

  誰でも、苦手なことがあるように、つらい仕事も、
  回ってくることがあるのが普通です。

  また、失敗して落ち込んだりすることも、これから
  度々、出会うことになるはずです。

  でも、そうした時にこそ、心の財産を使います。
  楽しいと感じることを肯定し、素直に受け入れます。

  もっと具体的に言えば、そういう時にこそ、 
  ちょっとだけ、自分が好きなことをしてみます。
  (長時間楽しむと、あとでつけが回ってきますが)

  そして、気分が良くなったら、その気持ちの良い
  気分を失わない前に、どうしてもしなければ
  ならない仕事をしてみます。これを繰り返します。


  コツは、自分が好きなことでも、ほどほどにして
  切り上げて、気分が良い間に、目の前にあるあまり
  気がのらない、今、自分に課されている仕事を少し
  だけ始めることです。

  そして自分に課されている仕事も、なるべく短時間
  で切り上げることです。根をつめすぎないこと。
  そうすることで、気がのらない仕事が楽になります。

  その繰り返しで、小さな、良い習慣が生まれます。
  (この辺りのことは、春期に書いてあります。)


  そして、出来れば、それだけでは終わらせず、

  夏期に書いたように、作業を記録し、振り返る
  ことを習慣にします。きっと、「連続性の不思議」
  が作用して、思わぬ成果を得ることもあるでしょう。

  さらに、秋期に説明したとおり、難問を解決する
  ことを通して、さらに力を確実につけることも、
  抵抗なく、自然に出来るようになってきます。


  仕上げは、もう一度、原点に戻ってきます。

  ”自分の内側を見つめ直してみましょう”という
  ことです。

  そうすれば、自分の価値観、心の財産を再発見でき、
  落ち込んでいる時でも、自分の心に素直に従えば、
  だんだんと自然に、気持ちも前向きになってくる
  習慣がつくと思います。

  この繰り返しで、だんだんと、内面から強くなり、
  達成したいことも、少しずつですが、実現する
  方向に向かってくると思います。