健全な生活を応援するサイト トップへ > 太平洋戦争の資料 

民間人にとって、戦争とはどのようなものだったのか。
現場での体験と、軍令部との感覚の差はあったの
でしょうか。市民の感覚が正直に物語ります。

米子市歴史館での戦争特別展に行ってきました(2009.8.13)
1 米・英国へ宣戦布告と
毎日新聞に書いてあります。
2
兵隊への召集、壮行行列の様子が
絵になっています。
(クリックで拡大します)
3 左は、ガスマスク、
右は、防空頭きん

市民が持っていたようです。
4
定食屋さんの定書き。

食料が無駄にならないよう、
初めから量が半分のものなど、
価格も定められたそうです。
(クリックで拡大します)
5 航空機用のガソリンが不足し、
松の根から燃料をつくりました。

松根油(しょうこんゆ)というもの
だそうです。
6 終戦、日本降伏するとの記事。

落下傘ニュースというものです。
ポツダム宣言受諾とのことです。

私の住む、大阪でも、昭和20年に阪神大空襲があったそうです。
近所の服部緑地墓地には、阪神大空襲で亡くなった方の
広いスペースの合同のお墓があります。

原子爆弾の被爆国としての日本では、放射線に関する
医学も進んでいます。私も放射線生物学の勉強を大学院
進学の前にしたことがあります。
2010年7月19日
30年ぶりに広島へ行き、
原爆ドーム、資料館に
行きました。平和祈念
公園に、千羽鶴と奉納。

また、余分な電磁波をカットしたり、調整したり
する商品も生活の中で登場しています。
Bhado(美波動)の商品